ショートカット

ショートカット=私
私=ショートカット

と思っているくらい
人生のほとんどをショートカットで
生きてきました。髪型の話。

と言っても、バッサリ切る感覚が好きなので
ある程度までガマンして伸ばして
一気にショートカットにするため
ショートカットじゃない日々もありました。

と言っても、人生のほとんどが
ショートカットなのです。
それなのに現在の髪型にしてから
毎日会うedimartのみんなにも
まだ会うのが2回目の一ヶ月ぶりの人たちにも
「髪短い!」って驚かれました。

こんなにいろんな人に言われるって
もしや切りすぎなのかしら?と不安になったり
似合ってないのかしら?と不安になったり
ってことは特にないのですが
ただただ不思議。いやほんとに
切りすぎて似合ってない可能性もあるぞ。

SUZAKI=ショートカットと思っているのは
自分だけかもしれない。


こちらの写真は、3年前の夏、インド。
めちゃショートカットやん。
海外旅行に行くときは
確実にショートカットです。
理由はラクチンだから。

というわけで、海外旅行に行くためにも
ショートカットを続けたいと思います。


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祖母の半生記


これは、母と祖母のふるさとの景色。
祖母の法事で久しぶりに訪れました。

その日、一冊のファイルが
叔父から手渡されました。
そこには家系図が書かれてあり、
祖母の幼少時代や結婚した頃の写真、
私が生まれた頃の写真などもありました。
今回の法事に合わせて用意したものらしく、
なんて几帳面なのだ!とみんな驚き。


名古屋に帰ってきて、ひとり振り返って
それをじっくり見ていたのですが
最後になんと、祖母が自身でまとめた
半生記が添えられているではありませんか!
内容はA4用紙4枚で足りるほどの
短くまとめられたものでしたが、
父の戦死を女学校で知らされたこと、
戦後すぐに結婚したものの
若くして未亡人となったことなどが書かれてあり、
当時のことを想像していたら
読み終わった頃には涙があふれていました。


もしかしたら祖母のことでなくても
私は泣いてしまったかもしれません。
人生にふれるとどうにも心が揺さぶられます。


家系図をまとめたのは
叔父の強い思いがありました。
「全員が一斉に集まるといったことは
この先もうないかもしれません。
でも、こんな親戚がいるんだなということを
知っておいてほしい」と。
このファイルをもらったおかげで
気になっていたけど聞けなかったあれこれが
いろいろとクリアになり、
自分のルーツにも興味がわきました。
母親や親戚に話を聞くきっかけにもなったし、
いとこたちと昔を懐かしむ時間も過ごせました。


以前、このブログで
祖母はもういないから話が聞けないと
書いたことがありました。↓参照
http://edimart.blog105.fc2.com/blog-entry-1359.html?sp

でもまさか、祖母が半生記を残しているとは。
それにまだまだ親戚にだって
いろんな話が聞けるわけで。
こうしてみんなで集まれる機会は
大事にしなければと学んだのでした。

1枚の写真から




お盆休みに、大阪で開催された
世界報道写真展に行ってきました。


多くの難民が安全な地を求めて
小型船にすし詰め状態で乗り
渡航中に窒息死や溺死をしてしまう――。
そんな現実を写真の中に見ました。


世界報道写真展の入り口では
難民アスリート写真展も。



シリア出身の水泳選手のパネルに
目が釘付けになりました。
住んでいた場所が戦場となり、
避難するために乗ったボートが航海中に故障、
数時間も海を泳いでボートを押し続け
乗船者の命を救った水泳選手。


難民。どこか遠い国のことのよう。
実は学生時代に、難民キャンプを
訪れたことがありました。
その時に感じたのは
「意外と普通の生活をしてるんだなぁ」。
生活環境が充実しているように見えたのです。
でもそれって、難民生活が長く続いている、
つまり母国になかなか帰ることができないことを
意味しているのでしょう。

紛争や人権侵害から故郷を追われた人々。
家も仕事もあって、普通に暮らしていたのに
突然、日常が奪われてしまう。
まず安全な場所に逃れるまでにも
命を落としかねない上に、
たとえ無事に移動できたとしても
その新たな場所で一から日常を
作らなければならない。

これまであまり考えたことがありませんでしたが、
日本にも難民となった人々が住んでいます。
母国が平和になるまで帰れないし、
母国の紛争がいつまで続くのかもわからない。
それでも、その間も生きていくためには…。

日本は難民の受け入れ状況が
世界でとても低いようです。
これにはいろいろ難しい問題があるようですが
世の中で、難民について知る機会が
もっと増えれば変わるのかもしれません。
今度の東京オリンピックで、
難民選手団が出場すれば何か変わるでしょうか。


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知る。伝える。
学生時代、いろんな経験を通して行き着いた
自分のやりたいこと。
世界報道写真展に行って
改めて思い出すきっかけになりました。

好きよ、ノスタルジーな喫茶店

好きだったあの人に取材。
というのもありますが、
好きだったあの店に取材が実現しました。

「喫茶ボンボン」です。
名古屋の純喫茶の代表格ではないでしょうか。

おしゃれなカフェーやワインバルより
昔ながらの喫茶店や日本酒が飲める居酒屋なんかの
雰囲気を好むタイプの私には
喫茶ボンボンはものすごく好みなんです。

手頃な価格で味わえるケーキもたくさんの種類があり
どれにしようか選ぶのも楽しいし、
赤い革張りのソファは昭和感たっぷりで
いっつもお客さんで賑わっているのに
なぜか気分が落ち着くのです。

ひとつ悔しいのは
場所が栄や名駅などアクセス便利な場所ではないこと。
それでもわざわざ行きたくなるのですが
近くにあったらもっと通えるのにな~。


取材させていただいた記事は
ウォーカープラス連載企画「東海ノスタルジーグルメ」にアップされています。
DSC_1013__.jpg
↑こんなレトロなビジュアルのメニューも♡
 文章だけじゃなく、写真撮影も担当していますよ~

こちらでぜひご覧いただけるとうれしいです♪
【第14回】昭和価格のケーキとコーヒーでひと息。常連が集う純喫茶「ボンボン」


実は、この前も恵那にある日本大正村の取材中、
営業しているのかどうかわからないほどの
古い喫茶店のようなバーのような場所を見つけ、
FullSizeR_.jpg

入ってみたところ、、、
近所のおばさまたち御用達のようで
近々開催されるカラオケ大会の練習中でした(笑)。
店内でカラオケもできるようで。
なかなかディープで楽しかったですよ。

もっといろんな喫茶店に行ってみて
お気に入りを見つけたいと思います。
ちなみに、いちばん求めているのは
昔ながらのホットケーキが食べられる喫茶店。
名古屋にはないのでしょうか。
東京や京都なんかだと見つかるのに
名古屋ではまだ見つけられず…。

昔からの喫茶店ってやっぱり減っているのでしょうね。
矢場町にあった赤いクリームソーダが出てくる喫茶店も
気付いたら違う店に変わっていて切なくなりました。

これからも喫茶店めぐりを続けたいと思いますので
おいしいホットケーキが食べられるレトロ喫茶を
ご存知でしたらぜひ教えてください!

かき氷部

夏ですね。
気付いたらもう夏ですよ。
夏らしいことがしたくてたまりません。

夏といえば、私はやっぱりかき氷!
毎年かき氷に目がないのです。
この前食べたのはこちら!


これ、ひとくち食べた瞬間、
美味しーッ!って驚きました。
口の中ですっと溶ける氷と
上品な抹茶とミルク味。
そしてもっちもちの白玉にとろんとした餡。
見た目も素敵でした。
栄にある緋毬というお店です。

そして、わりとしょっちゅう通っているのが
大須の七福堂。


きなこミルク。


宇治金時ほうじ茶アイスのせ。
基本的にしぶめの氷が好みです。

でも、たまにはこーゆーのも。


コメダのかき氷。


韓国でも。


祭り屋台のかき氷が
わりと好きだったりします。


あと、去年くらいに知ったこと。
子どもの頃によく食べていた
袋入りのかき氷が好きだったのだけど
どうやら九州でしか売られてないものだったみたいで
こっちの人に言っても通じない。

今度帰省したら食べることにしよ。

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名古屋の編集プロダクションedimart(エディマート)です。

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